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慌ただしく師走。

日記
12 /29 2016
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今日は何の日 12月29日

清水トンネル貫通記念日

1929(昭和4)年のこの日、上越線の土樽~土合の清水トンネルが貫通した。
全長9704mの当時日本最長のトンネルで、7年の歳月とのべ240万人の工事動員を費して完成した。


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おはようございます(=゚ω゚)ノ、寒い日が続く中、淡々と用事をこなしてのブログ更新です。

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今日の気に為る話題は此方です。

<震災避難>みちのく会解散へ 北海道に一時1700人超
毎日新聞 12/29(木) 7:00配信

<震災避難>みちのく会解散へ 北海道に一時1700人超

「支援のありがたさが身にしみている」と語る本間さん(左)と札幌本部長の藤本昭則さん=札幌市豊平区で2016年12月27日

 2011年の東日本大震災後に東北地方などから北海道に避難した人たちの互助団体「みちのく会」(事務局・札幌市豊平区)が、来春に解散することになった。会員数は11月末現在で約1300人と全国最大規模だが、古里への帰還に加えて道内への定住が進んで会員の間で「避難者」という意識が薄れ、活動に終止符を打つことになった。

 同会は震災1カ月後の11年4月、東北3県から札幌市と江別市に避難した約60人で発足。縁のない地にわずかな荷物だけで来た人や母子だけで移り住んだ人も多く、メーリングリストや会報を通じた支援情報の発信、交流の場づくりなどに取り組んできた。東京電力福島第1原発事故への懸念から会員数は急増し、ピークの14年には1700人を超えて複数の支部もできた。

 12年に発行した被災者の手記には「外で遊べる、何も考えず水を飲めるという当たり前のことができて幸せ」といった思いや、「まだまだ手探りの生活」と将来への不安が記されている。

 しかしこの1、2年は地元に戻る人や北海道で暮らし続けることを決めて退会する人が増え、活動も縮小していた。

 宮城県川崎町から避難した本間紀伊子会長(55)は「支援が必要なくなったとは言えないが、いつまでも『避難者』というわけにもいかない。会の解散を、それぞれが前に進むきっかけにしてもらいたい」と話す。

 来年3月に避難者と支援者による最後の交流会を開き、同月末で事務所を閉鎖する。4冊目となる手記を編集中で、ホームページやメーリングリストの管理も17年度末で終了する予定。

 各地の被災者自助団体や支援団体でつくる「東日本大震災支援全国ネットワーク」によると、参加610団体のうち会員数が1000人を超すのはみちのく会だけで、「規模の大きな会が解散するのは初めて」という。【今井美津子】

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最終更新:12/29(木) 7:00毎日新聞

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慌ただしいながらも健康管理はキッチリと。

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ランニングアプリと併用ながらも、何とか年末イベントの助力を得てレベルアップしました|д゚)チラッ。

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愛車は「頭文字 D(Mazda デミオ)」の「やっとこ」です、徒然なる日常を一言日記風に綴り始めて8年越え、現在は写真日記風備忘録です。
一応、自作パソコンから家庭菜園までの趣味を叔父さん目線で綴る日々、山田孝之さんとは別人、お気軽にお寄り下さい。