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06 /15 2019
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今日は何の日 6月15日

世界高齢者虐待啓発デー(6月15日 記念日)

2011年(平成23年)12月の国連総会で制定。国際デーの一つ。英語表記は「World Elder Abuse Awareness Day」

現在、世界のほとんどの国において高齢者の人口が増加しており、その増加に伴って高齢者の虐待の数も増加すると予想されている。
これまでタブー視されてきた高齢者虐待の問題が世界中で認知され始めたが、国により最も調査されていない暴力の一つであり、国の行動計画では最も対処されていない問題の一つでもある。
高齢者虐待には、殴る・蹴るなどの暴力による身体的虐待、暴言や無視、嫌がらせなどの心理的虐待、勝手に年金・預貯金などを使う経済的虐待、性的虐待、介護・世話の放棄・放任など、様々な形態の虐待がある。
高齢者虐待は世界中の多くの高齢者の健康と人権を侵害する世界的な社会問題であり、この国際デーは高齢者の虐待や苦しみに対して反対を表明する日であり、虐待防止のための取り組みを啓発する日である。
高齢者虐待は防止することができ、全ての人がその役割を担っている。
虐待をしている人に自覚がない場合もあり、周りの人は虐待のサインに気付くこと、発見した場合には区市町村の相談窓口に連絡すること、高齢者は家族や友達との関係を維持することなどが挙げられる。



( ノ゚Д゚)こんばんは、本当にしっとりとした梅雨時とは程遠い、台風の様な天候の日、そして「記念日」からの話題で「高齢者虐待」は、つい少し前の日本では、考えられない話の一つだったような・・・・・・。
最近では「高齢者虐待」の事件が、報道に載らない週は、無いぐらいな頻度の国にまで成り果てたかと、・・・・・時の流れと、日本も諸外国と全然変わらない実情にΣ(´Д`lll)エエ!!驚きを感じます。
同じ様に、幼子が同居してる両親に虐待されてる事件の報道にも、相当Σ(´Д`lll)エエ!!驚いています。
こんなにも、家庭内での問題の多い国だったのか、とも驚いている・・・・・今では遠い昔の話、現状では死語レベルの「一家団欒」は或る意味、「昭和」の時に、日本では皆が嫌って目の敵にした「家長制度」の副産物でもあったのですね?!

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今日の気に為る話題は此方です。

デミオも新型でMAZDA 2へ!! なぜマツダは和名を捨てる?? 車名変える裏事情

6/15(土) 9:30配信 ベストカーWeb

デミオ1
写真は現行型デミオの海外仕様。
すでに日本国外では「MAZDA 2」の車名で販売されている

 アクセラがフルモデルチェンジを行って日本での車名が「マツダ3」になった。

 この流れを受けて、続いてモデルチェンジを控えているデミオも、次期型では日本での車名が「マツダ2」に変更されるのではないかともっぱらの噂だ。

 そもそも、なぜアクセラは「マツダ3」に車名を変えたのか。
マツダが明かした理由から、デミオが「マツダ2」へと車名を変える可能性が見えてきた。

デミオも新型でMAZDA 2へ!! なぜマツダは和名を捨てる?? 車名変える裏事情
デミオ2
新型「マツダ3」。
海外では従来モデルから同名で販売されていたが、日本仕様の車名に使用するのは歴代初。
同時にアクセラの車名は消滅することになった

なぜ今? アクセラがマツダ3になった理由
 マツダ3に関するひとつの疑問は、今になって車名を変えた理由だ。
なぜアクセラではダメなのか。
この点について開発者に尋ねた。

「2012年にマツダは新世代商品群の第1弾として、先代CX-5を発売した。
この車名はアルファベットと数字で構成され、日本と海外で共通化されている。

 そこでアクセラも、海外と同じマツダ3を名乗ることにした。
今のタイミングで世界共通の車名に変えた理由は、新しいマツダ3が、プラットフォームやサスペンション、魂動デザインまで刷新したからだ」という。

 つまり、先代CX-5を発売した時から、国内仕様の車名を海外と共通化することは考えられていた。
今回は新たなプラットフォームやSKYACTIV-Xも採用したから、アクセラをマツダ3に変更したわけだ。

 ちなみに日産では、スカイラインやフーガのエンブレムを、同社が海外で展開する「インフィニティ」と共通化した。

 理由はスカイラインやフーガが、海外ではインフィニティのブランドで売られるためだが、ほかの日産車とは違う世界基準の上級車種であることも表現している。

デミオも新型でMAZDA 2へ!! なぜマツダは和名を捨てる?? 車名変える裏事情

デミオ3
現行型のスカイライン。
海外のインフィニティQ50と同モデル。
車名は国内外で差別化しているが、日本仕様にもインフィニティのバッジが付けられている

なぜ自動車メーカーは車名の統一化を図る?
 こういった「世界共通」の表現を行う背景には、「日本国内よりも海外の方が、優れたクルマが売られている」という古い認識もあるだろう。

 マツダ3のように海外と同じ車名にすれば、日本仕様が海外仕様と同じ品質に高められたようなイメージが生じる。

 商品のグローバルスタンダードには、クルマに限らず「品質が世界共通で、日本仕様も手を抜いていない」というメッセージが隠されていることが多い。

 クルマの場合、開発者によると「例えば今の軽自動車は、かなり安全になったが、後面衝突基準は緩い。
小型車を含めて、欧州や北米で販売していない設計の古いクルマには、衝突に弱いところがある」という。

 しかし、このような安全面の格差は急速に是正されている。

 一方で、安全性や顧客満足度の向上において、世界各国で売られるクルマも市場ごとに最適化を図る必要がある。

 国や地域によって、走行速度、路面の状態、交通の過密度、乗車人数や荷物の重量などが異なるからだ。

 実際、グローバルカーと呼ばれる車種でも、国や地域ごとの最適化を図っている。
CX-5も、日本仕様と欧州仕様では足まわりの硬さが異なる。

 車名にも同様のことが当てはまるだろう。
車名の受け止め方も、国や地域で異なるからだ。

アメ車の影響大きい日本車の車名
 もともと欧州車の車名は、アルファベットと数字で表記されることが多く、北米は一般的な固有名詞を使っていた。

 このようになったのは、欧州メーカーは企業規模も小さく、車種数も少なかったからだ。

デミオ4

 例えば、メルセデスベンツも190シリーズが加わる前は、今のEクラスが「コンパクトメルセデス」と呼ばれ、そのほかは上級の「Sクラス」、クーペの「SL」と商用車程度だった。
車種数が少ないから、アルファベットと数字の車名が成り立った。

 従って2000年代に入ってSUVを加えた欧州車の名前は、とても繁雑だ。BMWはシリーズ名で統一したからまだ分かりやすいが、メルセデスベンツは「CLA」、「GLA」、「GLC」、「CLS」…、という具合で難解になった。

 一方、アメリカ車は、古くからGMの中にもシボレーからキャデラックまで複数ブランドがあり、それぞれ車種も豊富に用意された。アルファベットと数字の羅列では、今のメルセデスベンツのように難解になることもあり、固有の名詞を与えた。

 そして、日本の自動車産業は戦後、アメリカを手本に育った。

 そのため、三菱は、軽自動車のミニカから上級セダンのデボネアをそろえ、トヨタもパブリカからセンチュリーまでワイドな品揃えを誇った。
このアメリカ流のクルマ作りにより、多種多様な商品が揃えられ、日本メーカーは短期間で販売台数を伸ばした。

 つまり「アクセラ」のような固有の車名は、根底では日本車が繁栄した歴史にも繋がっている。

デミオが次期型でマツダ2に車名を変える可能性は?

 この貴重な車名をマツダは捨てた。
おそらく今後のマツダ車は、プラットフォームの変更を伴うフルモデルチェンジの度に、日本における車名も変えていくだろう。
デミオは「マツダ2」、アテンザは「マツダ6」に変更される。

 ならばロードスターも「MX-5」にするのか。
この変更には覚悟がいると思う。
ロードスターは歴代モデルの人気が高く、現行型もその伝統の上に成り立つイメージが強いからだ。

 クルマには新規投入車種を除けば、どれも伝統があり、歴代ユーザーに育てられたわけだが(従ってリボーンはあり得ない)、ロードスターはこの傾向が特に強い。

 マツダにこの車名を変える覚悟はあるのだろうか。

 それにしても車名がマツダ3に変わったことで、アクセラを使う人達の中には、寂しい思いをしている方もおられるだろう。

 高齢になって運転をやめた人が朝刊を開いたら、自分がかつて所有していた懐かしい車名の広告が掲載されている。

「そういえばあの頃は2人目の子供が生まれて…」と、自分が所有していた時のことを思い出す。
愛車は手放した後も思い出の中を走り続け、車名を聞けば思い出の扉が開かれる。

 メーカーには、自社製品の車名と、それを愛用した人達の思い出を、大切にして欲しいと切に願う。

ベストカーWeb/文:渡辺陽一郎



そう云われれば「デミオ」、「アクセラ」、はたまた「開発コード」の「鼓動」とかが一切使われなくなると、一抹の寂しさを感じますね。
但し何方かと言うと、数字の「開発コード」&「車名」方が理系っぽいのでは?!
只、未だに旧態依然とした自家用車を好む消費者に、受け入れられるかどうかは、大いに疑問ですがね?!

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芭蕉俳句: 秣負う人を枝折の夏野哉  (まぐさおう ひとをしおりの なつのかな)  (曾良書簡/陸奥衛/芭蕉文集)

時代背景&解説:元禄2年4月4日。
『奥の細道』旅中、那須の黒羽に門人翠桃を尋ねて。
はじめ芭蕉・曾良・翠桃の三人ではじめ、中途から桃雪ほか土地の俳人らを交えて満尾した歌仙の発句。
秣<まぐさ>は言うまでもなく馬草で馬のえさである。
この広い那須野では道が分からない。
あの秣を背負って歩いている男を道標にして歩いていけば大丈夫。
枝折は山路を歩くときのメモリーとして枝を折って自分が通った道筋を記録して おくことで帰路の道標とするところから、ひろく街道の道標をも指すようになった。


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