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「Local summer festival.:Le patre festival f'e'te'.:夏祭り2019。」

ローカルイベント
09 /22 2019
花

気温

今日は何の日 9月22日

OneWebDay(9月22日 記念日)
オンライン生活を祝う世界的な記念日。
2006年(平成18年)に第1回が行われ、Second Life上で記念式典が行われた。
オンライン生活の維持・進展・普及させることが目的。


祭り

( ノ゚Д゚)おはようございます、豪雨被災も復旧の目途たたない千葉県、更に近づく台風17号、政府の毅然とした対応を希望します。ブログでは昨日目に付いたものを写真で、偶然に遭遇した「祭り山車」、地元ショッピングセンターでの、小さな「展覧会」にて気になった作品を数点です。

展覧会4

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展覧会2

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GS

花2

展覧会3

今日の気に為る話題は、現在「MAKUAKE」にて募集中の此方です。

宮城酒

津波で全壊した宮城県の酒蔵がついに復活!復活蔵での最初の日本酒を限定販売
# 日本酒 # 酒 # 地域活性 # 復興 # 伝統
地域活性化   宮城

①町ごと流された酒蔵が故郷に復活!最初にしぼる無濾過原酒を、Makuake限定でお届け。
②震災後の2012年から7年間は、仮設蔵での悪環境にもかかわらず、様々な鑑評会で受賞。
③復興計画でかさ上げされた土地に "戻る" 初めての酒蔵。故郷・閖上で次の100年を。

震災から8年半。復活蔵で醸す3つの日本酒。
宮城酒②

宮城の小さな港町・閖上(ゆりあげ)。
この町には、2011年まで140年に渡り、日本酒を造り続けてきた酒蔵がありました。
町全体が津波に飲み込まれた、あの日から、約8年半。
ついに、酒蔵が復活し、10月より再び酒を醸し始めます。
そして、その復活蔵で最初にしぼられる日本酒「宝船 浪の音(ホウセン ナミノオト)」の無濾過原酒を、Makuake限定でお届けいたします。
140年と8年半の思いを詰め込んだこの酒は、再び動き出す歴史の、「一歩目の酒」です。

宮城酒③
(2019年10月より始動する復活した酒蔵)

宮城県名取市の港町・閖上の酒蔵「佐々木酒造店」。
はじめまして。
「宝船 浪の音」醸造元の佐々木酒造店 5代目蔵元・佐々木洋と申します。

宮城酒④
(写真右:五代目蔵元 佐々木洋〈兄〉、写真左:杜氏 佐々木淳平〈弟〉)

まずはじめに、今日まで佐々木酒造店および閖上(ゆりあげ)の復興に、ご支援ご協力、お心寄せを頂いた、多くのみなさまに感謝申し上げます。
お陰様で、創業の地 閖上、波の音が聞こえるこの町で、再び故郷の酒を造ることができるようになります。
当酒蔵の位置する閖上は、町の成り立ちはかなり古く、仙台藩の時代は藩直轄の漁港であり、漁業、水産加工業で大きく栄えた港町でした。
昔から名産であったカレイやヒラメ、日本一ともいわれる赤貝や北限のシラス、加工品ですと笹かまぼこなどが有名であり、今でも多くの方に親しまれています。
148年前の1871年、港から1kmほどの場所で佐々木酒造店は創業し、受け継がれてきた銘柄「宝船 浪の音(ホウセン ナミノオト)」は、漁師のみなさんをはじめ地元の方を中心に愛飲頂いておりました。

宮城酒⑤

流された故郷と、蔵の全壊

2011年3月11日、8メートルを超える津波が、閖上(ゆりあげ)を襲いました。
5600人余りが暮らしていた港町の、ほぼ全ての建屋が流され、700名以上の方が亡くなりました。
蔵が津波に襲われたのは、午後3時54分頃だったと記憶しています。
当時、私は酒蔵の屋上に避難しましたが、大津波により酒蔵の製造設備は一瞬にして全壊。
とても凄惨な光景と、夕方に降る白い雪の冷たさ、夜空に輝く星の美しさ、強風吹き荒れたあの日を、忘れることはありません。

宮城酒⑥
(震災直後の佐々木酒造店 事務所内部)

それでも、私たちはすぐに再建の決断をしました。
これまで閖上を築き、また支えてきた先達の想いを受け継いできた我々にとっては「必ず故郷を取り戻す。もう一度、閖上で酒を醸す」と決意するのは至極当然だったのです。

宮城酒⑦
(以前の佐々木酒造店・事務所)

叶わなかった早期再建と、日本唯一の仮設蔵の設置。

全国でも最初に瓦礫撤去が完了したとされる名取市。
故郷に本格的な再建をすぐにでもと考えましたが、復興計画の区画整理事業により、町のほぼ全域で盛り土(かさ上げ)工事を行っていたため、すぐには再建が難しい状況でした。
そこで、時が来たら閖上(ゆりあげ)に戻れるようにと、名取市内の内陸部に整備された復興工業団地の一画を借り、2012年の秋に仮設蔵を設けました。

宮城酒⑧
(震災後、2012年より内陸部に構えた仮設蔵)

日本醸造史で移転復旧を前提とした初めての仮設蔵ということで、当時はさまざま注目を頂きました。
しかし、復興工業団地の建屋はガレージのような環境で、外気温の影響が大きく、間仕切りもなく、側溝もないため、『ここで酒ができるとは思えない』とまで業界の方に言われていたほどでした。

無理といわれた環境での、鑑評会 受賞。

万全な環境ではなかったことは確かですが、酒造業者をはじめ全国の方々に多大なご支援をいただいたことや、
環境に対応する形で造り方を工夫し、技を磨いていったことで、震災前より量は少ないものの、「美味しくなってきた!」 という実感はありました。

宮城酒⑨
(仮設蔵での酒造りの様子)

そして、宮城県の平成30年の清酒鑑評会では、一般純米酒の部で首席である「宮城県酒造組合会長賞」という立派な賞を拝受することができました。
全国に名を馳せる酒蔵の多い宮城県で、このような評価をいただいたことは大変嬉しく、しかし初めての賞状授与式で緊張したのを覚えています。
また、他にも東北や全国の鑑評会で、度々賞をいただくことが叶いました。
難しいと言われた仮設蔵で成果を出すことは、ご支援くださったみなさんへのひとつの恩返しと思って、造りに励んでまいりました。

宮城酒⑨-2
(平成30年 東北清酒鑑評会での優等賞 受賞時の様子)

酒蔵の復活と、閖上のまちづくり
そんな中、閖上(ゆりあげ)の区画整理事業も完了し、5月26日は「まちびらき」が行われました。
佐々木酒造店も、震災前と同じ場所での再建がはじまり、いよいよ復活の準備が進みます。
被災地で、かさ上げ工事が成された場所に酒蔵が復活するのは、全国で初めてであるため、検討課題も多く、細心の注意を払い調整を行う日々でした。
そして今、8年半前に誓った瞬間が、目の前まで迫ってきました。
故郷・閖上に酒蔵が完成し、この10月より、再び酒を醸していきます。

宮城酒⑩

復活蔵には、昔の酒蔵と仮設蔵で経験し学んだことが存分に活かされ、より一層、目指している酒を生み出せる環境が整っています。
更に、酒蔵には試飲のできる直売所を設けており、多くの人に足を運んでいただきたいと思っています。

宮城酒⑪-2
(復活蔵の直売所の様子)

というのも、閖上には徐々に建物が再建され始めたとはいえ、人口は震災前の約5600人から、1200人ほどに減ってしまっています。
蔵の目の前にある賑わい拠点「かわまちてらす閖上」と共に、閖上に足を運んでいただくきっかけとなり、楽しく、美味しい町になったと感じてもらいたいと考えています。

140年、地域に支えられていただいた酒蔵として

お酒の特筆すべきことのひとつは、コミュニケーションを円滑にし、人間関係を近くすることであり、古くから酒屋という場所もコミュニティ拠点でした。
その機能をまた閖上(ゆりあげ)に復活させたい。
どなたでも、安心して訪れることが出来るような、そんな場所を目指しています。

宮城酒⑪

もちろん、造った日本酒を周辺の飲食店さまに使っていただくことや、地元で作られた米を酒造りに使用することで、地域の活性化にも貢献していきます。
140年に渡り、閖上で酒造業を営み、地域に支えていただいてきた当蔵にとって、閖上の再興は、なんとしてもやり遂げなければならないこと だと考えています。

杜氏、佐々木淳平

さて、いかに素晴らしい酒蔵が建ったとしても、あくまでも大事なのは「造る人」だと考えています。
製造責任者である杜氏は、5代目の私(佐々木洋)の弟、佐々木淳平が務めます。
当蔵は、長く南部杜氏が酒造りを担ってきましたが、平成の初期から蔵元自身が杜氏を担う形に切り替わり、現在の佐々木淳平は20代の頃から20年近く杜氏を務めています。

宮城酒 杜氏
(杜氏 佐々木淳平)

震災後、いままでと全く異なる環境となり、仕込み水も変わってしまった中、ここまで評価をいただけたのは、
杜氏の酒に対するひたむきな想いから始まり、造りに対する柔軟さと研鑽の賜物だと思っています。

宮城酒⑫

南部杜氏の心や技を受け継ぎつつ、現在の宮城流の工夫を加え、これからも爽やかでキレのある港町の酒、「宝船 浪の音」を造っていきます。

港町の酒、閖上の酒として、文化と風土を伝える。
日本酒というのは、眼に見えない様々な微生物の働きで造られます。
更には気候風土も絡み合い、全てが人の思い通りにいくわけではないのですが、それがまた日本酒の面白く深いところであります。
だからこそ、私たちは、閖上(ゆりあげ)でしか造れない、生み出せない味があると信じています。

宮城酒⑬

微生物たちが活躍できる場をつくり、これからも、豊かな漁場を抱える「閖上の地酒」として、地場の食に寄り添う酒をこれからも目指していきます。
先代の蔵元からは、『その土地の文化を液体化すると酒になる』と教えられました。
閖上の文化や風土を伝える、そんな日本酒をこれから醸していきます。

宮城酒⑭

リターンについ

この度、閖上(ゆりあげ)に復活する酒蔵で造っていく「宝船 浪の音(ホウセン ナミノオト)」のうち、最初に搾る3つを無濾過原酒、一回火入れの状態で、Makuakeでのサポーターのみなさま限定にご用意いたします。
140年と8年半の思いを詰め込んだこの酒は、再び歩み始める歴史における最初の酒、「一歩目の酒」です。

・「宝船 浪の音」本醸造 無濾過原酒(Makuake限定)
宮城酒⑮

復活蔵で一番最初に仕込みを開始する予定のお酒となります。
震災前から地元で愛飲いただいていた本醸造酒で、宮城県産米を使用し、吟醸酒と変わらない規模の小仕込みで、丁寧に醸します。名取市外には、ほとんど流通させない、地元で人気の地酒になります。
香りと味わいのふくらみがありつつも、食卓の邪魔をせずに、そっと寄り添うような日本酒を目指します。

・「宝船 浪の音 閖」純米酒 無濾過原酒(Makuake限定)

宮城酒 ⑯

震災後に新たに生まれた『閖(ゆり)』。
「閖上で再び酒を造る」という決意を銘柄に託してきました。
地元の農家に協力いただき、全量名取市産ヒトメボレを使用します。契約農家の中には被災された方もいて、力を合わせて立ち上がろうと、今日まで共に歩んできました。
もちろん、復活蔵でも地元産の米を中心に使い続けていきます。
味わいとしては、ほどよい酸味がありスッキリした後味で、柑橘に近いおだやかな香りがする、食中に最適なものを目指します。

・「宝船 浪の音 玲瓏」純米吟醸 無濾過原酒(Makuake限定)
宮城酒 ⑰

宮城県の酒造りを長く支えてきた米であるトヨニシキを全量で使用。
酵母も宮城生まれのものを使用するなど、いまの宮城らしさを追求した日本酒です。
ラベルは杜氏の佐々木淳平が自らデザインしました。
仮設蔵で造った「玲瓏(レイロウ)」は、秋には売り切れてしまうほど、当蔵では人気の日本酒。
上品な果実のような香りと、口に含んだ瞬間に広がるジューシーな旨み・酸味のバランスがよく、後味のキレの良いものを目指します。

・復活蔵 特別ご招待(食事会つき)
宮城酒⑱

ご支援いただいたみなさま限定で、この日だけの、酒蔵での食事会および蔵見学会を実施いたします。
閖上の周辺地域も合わせて、蔵元自ら案内させていただきます。
実際に復活蔵に足をお運びいただき、地域や酒蔵の空気感を感じていただきつつ、閖上の海の幸や、復活蔵の新酒を心ゆくまで楽しんでいただければと思います。

・酒蔵復活記念 食事会(仙台および東京)
宮城酒⑲
(仙台・国分町「旬味酒好 かん」)

仙台および東京にて、佐々木酒造店の閖上復活をご支援いただいたみなさんと共にお祝いする特別な食事会を開催します。
当日は蔵元自ら、酒蔵や酒造りの話をさせていただきます。
宮城ならではの食を楽しみつつ、復活蔵の新酒を存分に満喫していただければと思います。

宮城酒⑳
(東京・中野「宮城漁師酒場 魚谷屋」)

最後に酒蔵再建にかける思い。
改めまして、佐々木酒造店 蔵元の佐々木洋です。
東日本大震災による壊滅的な被害、絶望にも等しい町の全壊を体験しつつも、本日までブレることなく町の再建、酒蔵の復活に辿り着けたのは、多くのみなさまに支えてきていただき、たくさんのエネルギーを頂戴したからこそです。
本当に、ありがとうございました。
2012年に仮設蔵を稼働させる際、宮城県の産業技術総合センターの先生方や県内の蔵元さまをはじめ、多くの醸造家のみなさまにご支援いただきました。
その中でも、阪神大震災を乗り越えた東灘の蔵元さまにお話しいただいたことをずっと心に刻んできました。
蔵は町の文化のひとつ。文化か消えれば町を形作るものも消えていく。
ふるさとを守るなら小さくても100年続く事業を
」という言葉です。
閖上の町は想定していた大きさより1/3になってしまいましたが、この町は可能性の宝庫であり、チャレンジする町でもあります。
志を同じくするたくさんの仲間と共に、新しい蔵で美味しい酒を醸し、宮城・名取・閖上の素晴らしい食と楽しむ文化を、この地、この蔵より再び創出していこうと考えております。
100年後も、200年後も、閖上に寄り添った蔵であり続けるために「宝船浪の音」醸造元 佐々木酒造店は、令和元年10月1日大安吉日「日本酒の日」に再び船出を迎えます。
新たな門出を、共に喜んでいただけましたら幸いです。
乾杯!
宝船浪の音醸造元 有限会社佐々木酒造店
五代目蔵元 佐々木 洋

宮城酒㉑


リスク&チャレンジ
佐々木酒造店 復活蔵では、2019年10月より、醸造を開始する予定です。
発酵の進行具合や、新設される設備の都合等により、出荷時期が遅れる場合がございます。
また、デザインや仕様が一部変更になる可能性がございます。
恐れ入りますが、ご了承のほど、よろしくお願いいたします。

一応酒好き繋がりのつもり、投資内容の説明部分だけですが掲載しました、興味があったら更に「MAKUAKE」で御覧下さい。
津波で全壊した宮城県の酒蔵がついに復活!復活蔵での最初の日本酒を限定販売

気温2


芭蕉俳句: 閑さや岩にしみ入蝉の声  (しずかさやいわにしみいるせみのこえ)


時代背景&解説: 5月27日朝、9時頃尾花沢を出発して、清風の家でチャーターした馬で村山市内まで行く。
東根市を通過して、天童市内に入る。
夕方4時ごろ山寺に到着。
山内を拝観して、山形市まで行く予定であったが、変更して宿坊に一泊。
『奥の細道』集中もっとも優れた句の一つ。
初案は、「山寺や石にしみつく蝉の聲」(『俳諧書留』曾良)であり、後には「さびしさや岩にしみ込む蝉の聲」(『初蝉・泊船集』)となり、現在のかたちに納まったのはよほど後のことらしい。
 この句に関しては古来議論が絶えない。
蝉は<春蝉>か?、
<にーにー蝉>か?、
はたまた<油蝉>か?。
また、それは単数なのか、複数なのか、が議論の中心であった。
岩の成分や形状にまでは話が及ばなかったのがこの議論の特徴だが、それは「静けさ」を言いながら、「蝉の声」が出てくる日本語の持つ曖昧さに関わっているのかもしれない。
(初案にはこの種の矛盾は無いことをみれば、心の中で熟成されていく中にコード中心からコンテキスト中心へと深まっていく文学的特徴があるのかもしれない) 
議論の中でも、蝉は<油蝉>だとする斎藤茂吉と、<にーにー蝉>の小宮豊隆との間の議論は白熱したものとして有名。
 この句が太陽暦では7月13日の作であり、その頃にはまだ山形では油蝉は出現していないことから、この句の蝉は<にーにー蝉>であったことで両者の間では決着したが、油蝉がこの時期に現れることもあるという報告もあって議論再燃の機会は十分にある。
単数か複数かも、つまるところこの句の鑑賞者のテキスト理解の問題だが、そういう物議をかもすのも、この句の偉大さであり、言葉のプロとしての芭蕉の偉大さの故かもしれない。


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