FC2ブログ

春、遥か?!

日記
03 /22 2016
橋

朝気温

こんばんは、今週は早番なので、出勤時はまだ肌寒く業務終了後、帰る頃には春を少しだけ感じます。

華

路

朝路

今日の気に為る話題は此方です。

<アーカイブ大震災>津波見張り 児童救う


避難場所だった体育館と校庭が津波にのまれたにもかかわらず、児童を含め学校に避難した全員が助かった石巻市の谷川小=2011年8月18日
記事


記事2

 宮城県石巻市の牡鹿半島にある谷川(やがわ)小は、宮城県で最も海に近い小学校だった。2階建ての校舎は津波にのまれ、避難場所の体育館は跡形もなく破壊された。だが、津波襲来を警戒した住民の機転と、背後に山が迫り「逃げ場」を確保しやすい地形のおかげで、児童、教職員や避難してきた近隣住民は全員助かった。

◎逃げる その時Ⅱ(5)住民の機転(石巻・谷川小)

 校舎に荷物を取りに戻った千葉幸子校長(58)がふと校庭を見ると、児童が一目散に駆け出していた。後を追った千葉さんが次に目にしたのは、校舎と体育館の間から押し寄せる津波だった。
 谷川小は児童14人の小さな学校。すぐ脇は鮫浦湾で、海抜十数メートルの切り立った崖の上に立つ。
 2011年3月11日の大地震発生後、児童と7人の教職員は校庭で余震が収まるのを待った。学校は指定避難所になっており、職員らは毛布と衛星携帯電話を体育館に運び込んだ。
 保護者や近隣の住民も校庭に集まってきた。乳児やお年寄りもいて、避難者は総勢50人近くに上っていた。

 消防団元分団長の渥美浩晃さん(50)は校庭から海に通じる小道を下り、防波堤に立っていた。
 防波堤は7メートルの津波に耐える設計だった。防災無線で聞こえた津波の高さは6メートル。予想通りなら、津波は防波堤を超えず学校も安全なはずだ。明治三陸大津波(1896年)をはじめ、過去の津波で学校のある場所は浸水していない。
 渥美さんが警戒していたのは、気になることがあったからだ。分団長だった数年前、地域の避難場所を決める際、「海の見える高台にすべきだ」と市に提案した。想定を超える津波にも対応できると考えたためだ。
 体育館が視界をさえぎり、谷川小の校庭から直接、海は見通せない。もう1人の団員と共に海面の変化に目を凝らし、別の団員には連絡役として校庭より10メートルほど高い場所を走る県道に立つよう頼んだ。
 午後3時前、海面がじわじわと上がり始めた。係留ロープがはじけ飛び、船が沈み、流され出した。波は防波堤を越えて流れ込んできた。
 県道の団員に向かって手で「バツ印」をつくり合図を送った。「駄目だ。上がれ、上がれ」。坂を上りながら叫んだ。県道の団員も大声を出した。児童ははじけるように走りだし、県道に通じる斜面をよじ登った。

 児童を追って県道にたどり着いた千葉校長が振り向くと、体育館と校舎1階は水没していた。校庭より4、5メートル高く、津波の際の2次避難場所だった駐車場まで第1波は達していた。
 県道に逃げた人々はその後、海水が異常な速度で引いていくのを目撃する。水深30メートル付近の海の底が見えた。「こんなの今まで見だこどねえ」。千葉校長は90歳すぎのお年寄りがつぶやくのを聞いた。
 「とんでもない波が来る」。渥美さんも直感した。児童と教職員は地域住民と県道脇の杉林を上った。

 午後5時半ごろ、児童は住民と共に山から下りた。学校裏の高台に立つ「二渡神社」に移動するためだった。小さいながらも社殿があって風雪はしのげる。地盤が固いことも住民は知っていた。
 県道には第2波の痕跡が残っていた。ガードレールが折れ曲がり、止めていた車の多くは流されていた。校舎も屋上まで水が達していた。
 消防団員が神社に通じる斜面にロープを張り、若い教職員は足が不自由なお年寄りをおぶった。児童らは15畳ほどの社殿で身を寄せ合った。住民は境内で夜通し火をたき、夜明けを待った。
 学区内の集落はほぼ全滅した。翌12日朝、児童たちは比較的被害が少なかった泊浜まで、約7キロを徒歩と車で約2時間かけて移動した。炊き出しのおにぎりとふかし芋にありつけたのは、正午すぎのことだった。(大友庸一)=2011年8月23日河北新報
          ◆         ◆         ◆
 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 5年の節目に際し、一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


関連ページ:宮城社会アーカイブ大震災
2016年03月21日月曜日

m3

m4

華2

路

m1

m2

華3

朝道

スポンサーリンク

ここに広告のコードを入れる

コメント

非公開コメント

ヤスミン

FC2ブログへようこそ!

徒然なる日常を、冷静に写真で振り返る、Google LocalGuideの叔父さん用備忘録です。
一応、自作パソコンから家庭菜園を写真で記録、お気軽にお寄り下さい。