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第2148回「家に帰って一番最初にすることは?」

日記
08 /06 2016
華5

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こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の山口です。今日のテーマは「家に帰って一番最初にすることは?」です。最近暑いですね~夏バテ気味です最近は家に帰ったら汗をかいたままなのが嫌で速攻でお風呂に入りますそして冷房の効いた部屋でゆっくりネットをしてますそのまま寝落ちすることもしばしばで気をつけているのですが…夢の世界に行ってしまいますよね…みなさんは、家に帰ったら一番最初に何をしますか?たくさんの...
FC2 トラックバックテーマ:「家に帰って一番最初にすることは?」



こんにちは(=゚ω゚)ノ、これまた担当者さんと同様に(´∀`*;)ゞ、帰宅後、先ずは即効でニューヨーク(。-_-。)もとい入浴します。

門

此れは内藤家の表門と云う意味|д゚)チラッでしょうか?!

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今日の気に為る話題は此方です。


「震災終わらず」痛感 専大生が調査、リポート紹介
カナロコ by 神奈川新聞 8月6日(土)8時30分配信

「震災終わらず」痛感 専大生が調査、リポート紹介
「震災終わらず」痛感 専大生が調査、リポート紹介
 東日本大震災や阪神大震災の記憶を風化させまいと、専修大学の学生による現状を調査したリポートの展示「『東日本』と『阪神』~大学生が歩いた被災地の記憶」が、川崎市多摩区の同大サテライトキャンパスで開かれている。被災地の葬祭業者や住民らの証言を紹介。学生らは「現地ではまだ課題を抱え震災は続いている。現状を多くの人に知ってほしい」と話している。7日まで。

 人間科学部の嶋根克己教授のゼミ生ら延べ150人以上が調査。東日本の被災地を4年間、阪神の被災地を10年間、訪れている。

 宮城県気仙沼市などで、津波被害の遺体を扱った葬祭業者から聞き取りした4年の川井梨央さん(21)は「昼夜を問わず火葬の依頼が来るのが怖かったと聞いた。火葬できた遺族が『いかったね』と言われて肩身が狭くなるほど、身元確認できない人が多かったという現実を知った」という。

 神戸市長田区を調査した4年の畑中建祐さん(22)は「もともと長屋住まいの人が多かったが、区画整理で居住環境が一変。震災前からの住民は3割で、近所づきあいの希薄な新住民とのコミュニティーに課題があり、震災が続いていることを実感した」という。自身は東京電力福島第1原発事故で被災した福島県双葉町の出身で、「阪神大震災の記憶はないのだが、やはり忘れられてはいけないのだと思った」という。

 6日には会場で「東日本大震災の記録とこれからの防災・減災」と題して講演会を開催。学生らが調査について説明するほか、気仙沼市職員で被災者でもある菊田隆二さんを迎えて防災などについて考える。入場無料。問い合わせは、同キャンパス電話044(922)0992。

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最終更新:8月6日(土)8時30分カナロコ by 神奈川新聞

もしやと思ったら、先週の抜け殻でした。

抜け殻

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鳥

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トンボ2


本当に世界は(;д;)何も変わっていないのだろうか?更に71回目の夏へ、ミ☆⌒ヽ(*゚ロ゚)ノ黙祷しました。

<広島原爆の日>孫に初めて語る あの日の記憶 77歳男性
毎日新聞 8月6日(土)0時11分配信

<広島原爆の日>孫に初めて語る あの日の記憶 77歳男性
原爆の閃光(せんこう)を感じた銭湯の前であの日を振り返る中原健治さん(右)と孫の有貴さん=広島市南区で、山田尚弘撮影
 ◇「次世代に語り継いでほしい」との気持ちが強まり

 広島市南区の中原健治さん(77)は7月下旬、妻にすら話すことのなかった広島での被爆体験を初めて高校2年の孫、有貴(ゆうき)さん(16)に伝えた。世の中から原爆の記憶が急速に薄れる中、「次世代に語り継いでほしい」との気持ちが強まったためだ。思いを継いだ有貴さんは6日に平和記念公園で開かれる平和記念式典に初めて出席、献花する。今月末には核実験場があったカザフスタンを訪れ、核の怖さを伝えるつもりだ。【山田尚弘】

【写真特集】原爆写真「効果」説明の24枚

 晴れ渡った7月下旬の昼すぎ、中原さんは有貴さんを外に連れ出し、爆心地から約4キロ離れた路地を歩きながら「あの日」を思い出した。

 「じいは何をしとったん」

 「誰かおらんかのうって、歩きよったんよ」

 中原さんは当時6歳で、幼稚園は休園中。遊び相手を探し、自宅前の路地を歩いていたところ、「ピカッ」と閃光(せんこう)を感じた。空が急に暗くなり、「ドン」という音と同時に背中に強い力を感じた。近くの民家に逃げ込み、住人のおじいさんに引っ張りこまれるようにして床に伏せた。路上では砂煙が横切り、民家の窓ガラスやひさしが吹き飛ばされた。

 黒くすすけ、焼けただれた腕を下げた男女が路上を逃げ惑う。夜になると、あちこちから「痛い、痛いー」と叫び声が聞こえ、布団の中で震えが止まらなくなった。

 中原さんは思い出すのもつらく被爆体験を誰にも話さないままだったが、「世代が変わり、原爆の記憶が薄れていくのではないか」と心配が募るようになった。今年、有貴さんが地元自治会の推薦で市民代表として献花することが決まったのを機に語る決心をした。

 一方、有貴さんも「じいちゃんから話を詳しく聞きたい」との思いを抱いた。今月末、市民団体のツアーに参加し、旧ソ連最大のセミパラチンスク核実験場跡に近いカザフスタン・セメイ市に1週間近くホームステイすることになったためだ。核実験場の閉鎖記念式典に出席し、現地の10代の若者らとも交流する予定で、「原爆について語ってほしい」と依頼されている。

 祖父の話を聞き、有貴さんは「自宅前で実際に起きたことだと思うと、すごく怖かった。幼い頃の記憶なのに、ずっと心の中に残るほど原爆は恐ろしいものなのだと知った。カザフスタンの若者にも核は人間を苦しめ続けると伝えたい」と話す。

 中原さんも「原爆についてさらに知識を増やさないと、本当のむごさは語れないと思うようになった」と話し、生涯で初めて被爆者団体に出向いて原爆被害について勉強を重ねようと決めた。

 被爆71年。2人は原爆の実相を伝えるため、新たな出発点に立つ。

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最終更新:8月6日(土)7時45分毎日新聞

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兎にも角にも、セミの鳴き声と舞う蜻蛉が印象的な散歩道でした(|ω・`)黙祷)。

トンボ

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ヤスミン

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