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「Not stew over in Friday.:落ち着いた金曜日。」

日記
02 /15 2019
梅

気温

今日は何の日 2月15日

孟宗忌(2月15日 記念日)

小説家・徳永直(とくなが すなお)の1958年(昭和33年)の忌日。
「孟宗忌」の名前は、初期の短編『最初の記憶』に登場する、孟宗竹を削って箸にする人々の描写にちなむ。

徳永直について

1899年(明治32年)1月20日に現在の熊本県熊本市西区に生まれる。
小学校卒業前から、印刷工・文選工など職を転々とする。
1922年(大正11年)に山川均を頼って上京し、労働組合運動に参加。
共同印刷争議に敗れるが、この時の体験を基に長編『太陽のない街』を『戦旗』に連載し、プロレタリア作家としての地位を確立する。
第二次世界大戦中は『光をかかぐる人々』で地味な抵抗を示し、戦後は新日本文学会の結成に参加。
『新日本文学』創刊号から亡妻の思い出として下積みの女の一生を描いた『妻よねむれ』を発表する。
胃癌のため59歳で死去。
その他の作品に『はたらく一家』『八年制』『静かなる山々』などがある。

道

おはようございます(´・Д・)」、勤務帯が遅番の週は、起床直後にちょうどワイドショーの時間、寝惚け眼でテレビを見ながら朝食を採るパターンが多いです。
最近の傾向として、漫画よりも奇想天外な事件が増えている印象、詳細を報道して貰わないと、理解不能な事件が多いのも事実です。
圧倒的に「奇怪な事件」が増えているので、報道に割ける物理的な時間が少ないのは理解できますが、国内の事件ぐらいは、自分達の足を使って取材して欲しいと思うのも事実・・・・・・今の事件の詳細さえ分からずに、次の事件を報道されても?!と言うのが偽らざる庶民の感想です。
そして情報不足もあり、理解に苦しむ、儚くも哀しい「奇怪な事件」(決して悲劇や事件・事故を、美化する気持ちはありませんが)の連発は、現代のシステムに追随さえ出来ない、日本社会の断末魔みたいで・・・・・「後味が悪い」と言うか、報道を聞いた後「やりきれない哀しさ」さえ感じます。

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代替

超便利な「関東エリア」程ではありませんが、静岡県なのである程度は「アマゾン プライム」の恩恵は受けれます。
好く出る商品なら、流石に「即日配達」は無理ですが、翌日+1日ぐらいでなら到着します。
金曜日を荷物の受け取りなどでヤキモキせずに落ち着いて過ごせて、なんとか「週末」にパソコンの点検ができます。



店

今日の気になる話題は此方です。

オポチュニティが火星での偉大な探査ミッションを終える

2/14(木) 15:10配信 TechCrunch Japan

オポチュニティが火星での偉大な探査ミッションを終える

火星に送られた探査機「オポチュニティ」の活動が終了

NASAとJPL(ジェット推進研究所)は米国時間2月13日、2004年に火星に送られた2台の探査機のうちの1つ「オポチュニティ」の活動が終了したと、特別なプレスカンファレンスにて発表した。
NASAのThomas Zurbuchen氏は、「オポチュニティのミッションが完了し、マーズ・エクスプロレーション・ローバーのミッションが完了したことを宣言する」と述べている。

オポチュニティが活動を終了することになった原因は、重要部品を動作させ活動を維持する動力電源のためのソーラーパネルが、惑星規模の砂嵐によって完全に、そして想定以上に長期間覆われたことにある。
最後の通信は2018年6月10日におこなわれた一方で、バッテリーが切れるまでは数ヶ月の猶予があるはずだった。
同探査機は火星の過酷な気候を想定してデザインされたが、濃密な砂嵐の中でマイナス100度という環境に長時間さらされるという状況には耐えられないのである。

探査機のチームはここ数カ月の間、あらゆる手法でオポチュニティとの交信を試み、探査機からの反応を得ようとした。
たとえメモリが消去されたり、観測機器が動作しなくなったとしても、わずかな通信さえ確立できれば、システムを再プログラムしリフレッシュして活動が続けられたはずだ。
しかし通常の通信手段から「sweep and beep」という指示まで、残念ながら探査機からの応答はなかった。
そして昨晩、最後の信号発信がコントロールセンターから行われたのだ。

スピリットとオポチュニティはマーズ・エクスプロレーション・ローバーのミッションとして2003年の夏に別々に打ち上げられ、15年前となる2004年1月に火星の異なる地域に着陸した。

それぞれの探査機は岩石やミネラルを分析するためにパノラマカメラやマクロカメラ、スペクトロメーターを搭載し、またサンプル収集用の小型のドリルも備えていた。
もともとの運用期間は90日間で、毎日40メートル移動し最終的には約1kmの距離を探査するはずだった。
しかし、どちらの探査機もそれを大幅に上回ることとなる。

スピリットは最終的に、7年間で7.7kmを移動した。
そしてオポチュニティは驚くべきことに、14年間でフルマラソンを超える45kmを移動したのである。

もちろん、どちらの探査機も我々の火星に対する理解を大幅に引き上げてくれた。
特に、単に過去の火星に水が存在していただけでなく、生命が存在しうる液体の水が存在していた証拠を発見した功績は大きい。


オポチュニティは科学観測だけでなく、たくさんの「セルフィー」も行った。
エレバス・クレーター
写真はエレバス・クレーター

これまで活躍してきた探査機やロボットがその寿命を終えるのは、いつでも寂しいものだ。
探査機「カッシーニ」は称賛の中で消滅し、探査機「ケプラー」も運用を終了した。
しかし究極的にいえば、これらのプラットフォームは科学観測機器であり、われわれはその素晴らしい業績をたたえつつ、避けられない最期の日を弔うべきなのだ。

「スピリットとオポチュニティは活動を終了しただろうが、我々に遺産を残した。
つまり、太陽系探査の新たなパラダイムだ」JPLを率いるMichael Watkins氏は語っている。
「その遺産は、火星表面で約2300日間活動しているキュリオシティに連なるだけでない。
現在JPLにて組み立て中の、マーズ2020にも引き継がれるのだ」。

「スピリットとオポチュニティの功績は、それだけではない。
探査機による火星探査への大衆からの関心を高めたのだ。
ミッションが巻き起こしたエネルギーと興奮は、確かに一般へと伝わった」。

もちろん、これで火星から探査機がいなくなったわけではない。
昨年にはインサイトが火星に着陸し、注意深く観測機器をセッテイングしながらシステムをテストしている。
さらに、探査車「マーズ2020」も打ち上げの準備がすすめられている。火星は人気の惑星なのだ。

いつの日か、我々はこの勤勉な探査機を掘り起こし、火星のミュージアムに展示することだろう。
今は、次なるミッションを楽しみにしようではないか。

(翻訳:塚本直樹)



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芭蕉俳句:  蕎麦も見てけなりがらせよ野良の萩 (そばもみて けなりがらせよ のらのはぎ) (続寒菊) 龍ヶ岡 山姿亭
時代背景&解説 : 元禄4年秋。
山姿は芭蕉門人にはめずらしい近江粟津(現大津市)の百姓、荘右衛門。
この日芭蕉は丈草・乙州らを随えて、荘右衛門宅を訪れた。
荘右衛門の丹精こめて作った見事な蕎麦が満開に咲いていた。
 「けなりがる」とは、羨ましがること。
清楚に咲く白い蕎麦の花。
あれを見て萩の花よお前も美しく咲け。
作者は、表面的には蕎麦を褒めているが、それでいて本音は山姿の家の庭に咲く萩に心が動いているようだ。
荘右衛門への挨拶吟。
本当に、芭蕉は挨拶の達人である。


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