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「Shizuoka Walk.:静岡散策。①」

ローカルイベント
10 /22 2019
駅前

花

気温

今日は何の日 10月22日

メガネの日(10月1日 記念日)

東京都中央区日本橋に事務局を置く日本眼鏡関連団体協議会(日眼協)が1997年(平成9年)に制定。
日付は10月1日が「1001」と表記でき、「1」をメガネのつる、「0」をレンズとみなすとメガネの形をしていることから。
メガネ愛用者に感謝の気持ちを表すとともに、消費者にメガネに対する正しい認識と興味を持ってもらうことが目的。

記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
この日に合わせて、日本メガネベストドレッサーの選定やスローガン・コンテストが実施される。
日眼協は、眼鏡業界の製造業・卸売業・小売業の8団体全てが加盟し、1996年(平成8年)6月に設立された。
世界的視野に立ち、生活者の視生活の向上と業界の発展に貢献することを目的に活動を行っている。
日本にメガネを伝えたのは、宣教師フランシスコ・ザビエルで、周防国の守護大名・大内義隆に謁見した際に献上したのが最初と言われている。
10月10日は「目の愛護デー」、10月1日~31日は「目の愛護月間」、10月1日~10日は「眼とメガネの旬間」となっている。

初めてメガネを作ったのは、小学生低学年の頃、まだ小さな街に個人営業の眼鏡店がありました。
両親共に視力は健全なのに、と思うと子供心に気恥ずかしく、個人的にショックな出来事でした。

駅前2

( ノ゚Д゚)おはようございます、今週は夜勤でして、夜勤明けの今朝、テレビ局各局は「即位の礼」報道一色でしたね。
ブログの方は土曜日の風景の続き、静岡市で「とある講習会」開催前に、早めに昼ご飯のラーメンを「魂心家」さんで食べてから、更に30分ぐらい時間があったので、軽く駅前周辺を散策しました。
振り返って「静岡県美術館」に「篠山紀信展」を見に静岡市へ来たのが、2015年4月、約4年と6カ月と約5年前でした。
其の間、個人的には駆け足の5年間でした。
別段、写真撮影の腕前が、篠山紀信さん並みになった訳でも無いけど、2年くらい前にキヤノンのデジタル一眼レフカメラを購入して、つい最近は普段使いのコンデジも新調しました。
まぎわらしいですが下の写真、此方はJR静岡駅前の「葵タワー」にある、「静岡市美術館」です。

葵ビル

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市美術館

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今日の気に為る話題は此方です。

選手も涙 リーチ主将が“最後の円陣”で語った言葉の中身「このチームを作って…」
2019.10.21著者 : THE ANSWER編集部

ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会は20日、東京スタジアムで準々決勝が行われ、日本と南アフリカが4強入りをかけて激突。過去2度の優勝を誇る強豪に対し、日本は健闘及ばず3-26で敗れ、涙をのんだ。
試合後、選手たちは円陣を作り、リーチ・マイケル主将が声をかけた。
ファンの視線をくぎ付けにした場所で何を語ったのか。

南アフリカに敗れた日本は8強で敗退
南アフリカに敗れた日本は8強で敗退【写真:荒川祐史】

ファンの視線を集めたシーン、試合後に明かす「下向く必要はない」
 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会は20日、東京スタジアムで準々決勝が行われ、日本と南アフリカが4強入りをかけて激突。
過去2度の優勝を誇る強豪に対し、日本は健闘及ばず3-26で敗れ、涙をのんだ。
試合後、選手たちは円陣を作り、リーチ・マイケル主将が声をかけた。
ファンの視線をくぎ付けにした場所で何を語ったのか。

 試合後のピッチ上で、あるシーンが生まれていた。
敗れた選手たちが輪を作り、円陣を組む。
田村が、稲垣が、松島が……。何人もが涙を流し、肩を組む。
そんな輪に向け、声を発しているのがリーチ主将だった。
歴史的快進撃を演じた選手たちを鼓舞するかのように、何事か力強い表情で声をかける。
選手たちもしっかりと言葉をかみしめ、しっかりと受け止めていた。

 9月20日、ロシアとの開幕戦からちょうど1か月後の10月20日。
日本の夢の30日間は終わり、これが“最後の円陣”となった。
大会公式ツイッターも動画付きで公開し、感動を呼んだシーン。
いったい、何を語りかけていたのか。
リーチ主将は試合後の会見で言葉の数々を明かした。

「下向く必要はない」

「胸を張って」

「このチームを作って、キャプテンとして誇りに思っている」

「選手、一人一人も誇りに思うべき」

「(今後の)態度、姿で見せることが大事」

涙ながらに聞いた稲垣も感銘「その話を聞いて、僕も…」
 南アフリカに完敗こそ喫したが、日本中の期待を背負い、1次リーグ4連勝で史上初の決勝トーナメント進出した輝きは褪せることはない。
すべてを犠牲にして取り組んできたことを誇りに思うように、主将の立場から訴えていた。

 さらに、涙ながらに言葉を聞いていた稲垣は、リーチの言葉として「このチームを誇りに思う、と。
この1年間だけでも250日以上一緒に生活してきて、本当に家族のように思ってきた。
そのチームが次に試合ができなくなるのは寂しいけど、自分たちの今までやってきたことを誇りに思おう」と話したと明かした。

「その話を聞いて、僕も家族同様に思っていましたし、次、このメンバーでもう試合をすることはないんだなっていう寂しさは感じましたね」と稲垣。
敗れてなお、最後まで日本は「ONE TEAM」であり続けた。
それを象徴するようなシーンだった。

(THE ANSWER編集部)
選手も涙 リーチ主将が“最後の円陣”で語った言葉の中身「このチームを作って…」 2019.10.21著者 : THE ANSWER編集部

浮月楼

気温2

浮月楼2


芭蕉俳句:  鷹の目も今や暮れぬと鳴く鶉  (たかのめも いまやくれぬと なくうずら)

時代背景&解説: 元禄4年秋。
近江でか?。
日が暮れようとしている。
くれなずむ中に急にウズラの声が聞こえてきた。
そうか、夕暮でもはや鷹の目もきかないと安んじてウズラが藪から出てきたのであろう。
ウズラは鷹などの猛禽類のよい餌食である。
暮色の迫る静寂の中の一瞬を捕らえた句。



浮月楼3

妙に趣のある建物、此方は「浮月楼」、現在では料亭・結婚式場・催事場で、かつては最期の将軍、徳川慶喜公の住まいでもありました。
静岡駅前の歴史散策コースには、欠かせないランドマークでもあります。
明るい幕末期が好きなら、京都市よりも、静岡市でしょうか?!

【公式】浮月楼 徳川慶喜公屋敷跡 静岡の料亭・結婚式場

浮月楼

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浮月楼

セコム_高齢者



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