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「Sentimental mood.:センチメンタルな気分。」

日々徒然
11 /05 2019
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今日は何の日 11月5日

津波防災の日(11月5日 記念日)

2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災を受けて同年6月に制定された「津波対策の推進に関する法律」にて制定。
日付は1854年(嘉永7年)のこの日に発生した安政南海地震に由来する。
この地震は南海トラフ巨大地震の一つとされ、和歌山県など紀伊半島や四国などを大津波が襲った。
大津波が和歌山県広村を襲った際、庄屋・濱口梧陵が収穫されたばかりの稲わらに火をつけて、暗闇の中で逃げ遅れていた人たちを高台に避難させ命を救った「稲むらの火」の逸話が残っている。

当初は東日本大震災が発生した3月11日を記念日とする案であったが、震災が起きて間もないことから、被害を受けた方々の心情を考慮して違う日付にされた。
津波による被害から国民の生命・身体・財産を保護すること、また「津波防災の日」の普及を通じて、津波防災に関する国民意識の向上を図ることが目的。
記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
この日には防災訓練など防災に関する各種の行事が実施される。
「稲むらの火」は、津波の恐ろしさ、地震後の早期避難の重要性を伝える優れた防災教材である。
そのため、教科書だけではなく、マンガ、紙芝居など様々な形で紹介されている。
「稲むらの火」の逸話に由来して、この日は国連が定める「世界津波の日」にもなっている。
9月1日は関東大震災に由来して「防災の日・防災用品点検の日」、5月26日は日本海中部地震に由来して「県民防災の日(秋田県)」、6月12日は宮城県沖地震に由来して「みやぎ県民防災の日」となっている。

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昨今の水害被害を目にすると、災害対策は「津波」だけでは不十分の様な・・・・。
それにしても「河川の氾濫」さえ注意しなくてはいけないとは、此れが本当に待ち望んだ21世紀なのか?!
ふるさと創生事業
以前の「ふるさと創生事業」とやらで、防災用品(発電機等の備品でもOK)を購入した「自治体」が、いったい何パーセントあったか?!、ぐらいは非常に知りたいですが。

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( ノ゚Д゚)おはようございます、此の処ブログ下書きを自分自身の眠気によるケアレスミスから、途中でアップしてしまう事態が、度々起きて困っています。

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今日の気に為る話題は此方です。

眉村卓さん死去。デビュー当時の大沢在昌さんに向けて紙ナプキンに書いたアドバイスとは?
安藤健二 NEWS 2019年11月04日 16時24分

「ねらわれた学園」などで知られSF作家の草分け的な存在の眉村さんが85歳で死去しました。
ハードボイルド作家の大沢在昌さんは、駆け出しの頃、あるアドバイスを眉村さんから受けたそうです。
それは……。

紙ナプキン
紙ナプキンとペンのイメージ写真 BELCHONOCK VIA GETTY IMAGES

SF作家の草分け的な存在として知られる眉村卓さんが11月3日、85歳で亡くなった。
時事通信社などが報じた。
「ねらわれた学園」「まぼろしのペンフレンド」などの代表作は、映画やTVドラマ化されるなど広く人気を博した。

「新宿鮫」シリーズで知られるハードボイルド作家・大沢在昌さんは駆け出しの頃、眉村さんから、作家が集まるバーでアドバイスを受けた。
そのエピソードが「眉村先生の素晴らしいお人柄が偲ばれます」として、ネット上で話題だ。
 
「ちょっとだけ先輩のぼくがあなたにアドバイスをさせてください」
このエピソードは、「本とも」2009年4月号(徳間書店)に掲載された対談が初出。
現在は大沢さんの公式サイトに転載されている。

大沢さんが眉村さんに初対面したのは、東京・銀座にある作家が集う文壇バー「数寄屋橋」だった。

眉村さんは「これからあなたが売れるようになると、いろんなところがあなたに原稿を頼みに来る。
そうすると、原稿を書く優先順位というものがそのとき問題になってくる。
ちょっとだけ先輩のぼくがあなたにアドバイスをさせてください」と言った。

そして、お店の紙ナプキンに万年筆で
「一、勉強。
二、名前。
三、義理。
四、お金」と書いたという。
大沢さんは以下のように振り返っている。

――――――――――――

この順番に仕事を受けなさいと。一番はお金でもない、名前でもない、勉強になる仕事をやりなさい。
二番は名前の売れる仕事、
三番は義理のある仕事、
お金は最後だって言う。
すごく印象に残って、大事に持って帰った。
それから十何年後に直木賞をもらって、偶然「数寄屋橋」で会ったときに、
「眉村さんにあのときに書いていただいたことを、いまだに覚えてます」って言ったら、
そしたら、「じゃ、次からは、一番は義理だね。
今までいろいろ自分を支えてくれた人たちに恩返しをするんだよ」って言ってもらって……。

安藤健二

当時の日本のSFは、ある意味「小説」・「漫画」・「アニメ」・「特撮モノ」・「ドラマ」・「映画」と様々なジャンルを超えていたからこそ、輝いていたと子供心にも思います。
ハリウッドで、SF映画がヒットを連発する、かなり以前から日本では、密かに少年たちにはブームになっていたと思います。
例えば、眉村卓先生の場合なら、「なぞの転校生」、「ねらわれた学園」、が代表的な作品ですね。



今年初めに訪れた宮城県石巻市(ほぼ10ヵ月前の事なのに、色んな事が有り過ぎて、10年前の事の様に感じます)「石ノ森漫画館」の「石森章太郎」先生と云い、やはり惜しい人を、亡くしたものです。

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芭蕉俳句: 山桜瓦葺くものまづ二つ  (やまざくら かわらふくもの まずふたつ)

時代背景&解説: 元禄3年。
木下長嘯<ちょうしょう>の『挙白集』に「常に住む所は瓦葺けるもの二つ・・」とあるから取ったらしい。
こういう取り方は古い時代のやり方なので、一句の制作年代はもっと早期かもしれない。
 『蕉翁句解』では吉野とあるが、不明。
山桜の咲く山道を歩いていくと、先ず最初に瓦葺の屋根の家がふたつ目に入ってきた。
嘱目しているものをそのまま詠んだ。
後に続く情景が聞きたくなる。
 この時代で、山里で瓦葺といえば寺院か神社しかない。



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