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「Feeling defeat is also important.: 挫折感を味わう事も大切だ。」

ゲーム
11 /25 2019
イオン

田舎街で「ポケモンGO」イベントへ、マメに参加する為に必要な事項を再考する

花

気温

今日は何の日 11月25日

金型の日(11月25日 記念日)

日本金型工業会が1974年(昭和49年)に制定。
1957年(昭和32年)のこの日、日本金型工業会が設立された。
金型産業の重要性を広く訴えると共に、金型産業の地位向上を願う想いが込められている。

リブロス

( ノ゚Д゚)おはようございます、昨日の「ポケモンGO」「ロケット団イベント」、2時間限定に釣られて久しぶりに参加してみました。
「ロケット団」が「ポケストップ」を全部の乗っ取ると言う事で、出来るだけ「ポケストップ」が密集してる場所が好かろうと思い浜松駅前へ出かけて、「浜松科学館」「アクトシティ」付近で活動してみました。

街中2

田舎街の「ポケモンGOトレーナー」にありがちなブランク原因として、自分のエリアに「ポケストップ」や「ポケジム」が極端に少ない事もあると思います。
具体的な一例として「ポケストップ」と「ポケストップ」の距離が50メートルと500メートルでは、全然活動負荷が違いますよネェ、今年のように天候不順だと、更に活動意欲が下がってしまいます。

駅南2

また最近では、駐車場一等地「浜松駅前」とは言え、周りを見ると「空き地」だった場所が、雨後の筍の様に「駐車場」になっているので、「駐車料金」の「価格競争」も激しいです。
郊外に大型店舗やショッピングセンターが乱立されても、浜松駅前は安泰か⁈と思っていたら少し前、具体的には4、5年ぐらい前に街中へ「3Dプリンターの講習会」に行った際、やたらと浜松駅周辺に空き地が目につき、浜松駅周辺の駐車場料金も、以前よりお手頃で終日一定の場所が増えてました。

1125

昨日など探すと最安で「90分100円」とかも有ったのですが、「軽自動車専用」で入り口が激狭いので、気付かずにウッカリ入ってしまうと、出庫する際には地獄でしょうねぇ?!
私は「60分100円」の駐車場にしました、午前11時過ぎに到着して午後1時過ぎに駅前離脱して¥300、自宅から浜松駅までの往復のガソリン代を足しても、500円前後とワン・コインのイベント代と考えれば、比較的お安い方か。

街中

果たして、此れが究極の「パーク&ライド」で、駐車場料金が安くて便利なのか、それとも政令指定都市、随一の繁華街の衰退と、とるかは判断に苦しむところですが。
其の駅南駐車場から、「浜松科学館」まで歩いて10分ぐらいでした。
まぁ、ぶっちゃけ多少空き地は目立っても浜松市の一等地で、「固定資産税」がバカにならないから、駐車場にして日銭稼ぎ、だと思うけど、・・・・・・「ポケモンGO」しながら、地元の街の不動産活用の変遷をモノポリー風な視点で眺めると、地味な変化にも色んな意味があるみたいで。
対照的に郊外の空き地には「太陽光発電用」の液晶パネルが、此れでもかとひしめき合っています。

科学

活動拠点とした「浜松科学館」周辺は、日曜日だからか意外と「家族連れ」が多く、外の芝生で食事してたりしたので、少し恥ずかしかったけど、気にせず「ポケモンGO」活動しました。
全体では概ね「浜松駅」南から、「浜松科学館」経由「アクトシティ」まで脚をのばしてみました。
結果、久々に参加したけれども「惨敗」イベント、「ロケット団しったぱ」にはほぼ完勝でしたが、「ロケット団幹部」には1勝も出来ず、「ポケモンGO」「再起動」とまでいきせんでした。
以前の判定のまま「ポケモン」を養成していたのでボロボロ・・・・・・、手持ち「ポケモン」をキチンと選別し「攻撃15」のポケモンを、優先して成長させて再戦したいですね。

看板3


とにかく、鬼強い「ロケット団幹部」達でした。
一番難しいイベントに復帰してしまったのでは?!とも思いました。


今日のブログ写真は主に、「イオン市野ショッピングモール」での「ブラックフライデー」セール関連の「告知看板」及び「店内風景」になります。

ツリー

告知

日曜日の午前10時には、店先に「売り切れ」表示アリでした。

告知2

告知3

m1

m2

GS

花2

告知4


今日の気に為る話題は此方です。

教皇「世界覆う不信、打ち壊す」 長崎のスピーチ全文
日本経済新聞  社会・くらし 2019/11/24 12:55

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長崎市の爆心地公園で黙とうを捧げるローマ教皇フランシスコ=AP

ローマ教皇(法王)フランシスコが24日午前、長崎市の爆心地公園で行ったスピーチの全文は次の通り。




愛する兄弟姉妹の皆さん。

この場所は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。
近年、浦上教会で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさった方とそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを、あらためて思い起こさせてくれます。

人の心にある最も深い望みの一つは、平和と安定への望みです。
核兵器や大量破壊兵器を所有することは、この望みへの最良の答えではありません。
それどころか、この望みをたえず試みにさらすことになるのです。
わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。
それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。
人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。

国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や、壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。
むしろ、現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります。

2
「人の心にある最も深い望みの一つは、平和と安定への望みです」と語ったローマ教皇フランシスコ(24日、長崎市の爆心地公園)=AP

ここは、核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことの証人である町です。
そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくともつねに上がっています。
軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。
本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。
今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。
しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。
これは途方もないテロ行為です。

核兵器から解放された平和な世界。
それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。
この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。
個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。
核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。
それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。
1963年に聖ヨハネ23世教皇は、回勅『地上の平和(パーチェム・イン・テリス)』で核兵器の禁止を世界に訴えていますが(112番[邦訳60番]参照)、そこではこう断言してもいます。
「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(113番[邦訳61番])

今、拡大しつつある、相互不信の流れを壊さなくてはなりません。
相互不信によって、兵器使用を制限する国際的な枠組みが崩壊する危険があるのです。
わたしたちは、多国間主義の衰退を目の当たりにしています。
それは、兵器の技術革新にあってさらに危険なことです。
この指摘は、相互の結びつきを特徴とする現今の情勢から見ると的を射ていないように見えるかもしれませんが、あらゆる国の指導者が緊急に注意を払うだけでなく、力を注ぎ込むべき点なのです。

カトリック教会としては、人々と国家間の平和の実現に向けて不退転の決意を固めています。
それは、神に対し、そしてこの地上のあらゆる人に対する責務なのです。
核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際的な法的原則にのっとり、飽くことなく、迅速に行動し、訴えていくことでしょう。
昨年の7月、日本司教協議会は、核兵器廃絶の呼びかけを行いました。
また、日本の教会では毎年8月に、平和に向けた10日間の平和旬間を行っています。
どうか、祈り、一致の促進の飽くなき探求、対話への粘り強い招きが、わたしたちが信を置く「武器」でありますように。
また、平和を真に保証する、正義と連帯のある世界を築く取り組みを鼓舞するものとなりますように。

3
雨のなか、ローマ教皇フランシスコのスピーチを聞く参加者(24日長崎市の爆心地公園)=AP

核兵器のない世界が可能であり必要であるという確信をもって、政治をつかさどる指導者の皆さんにお願いします。
核兵器は、今日の国際的また国家の、安全保障への脅威からわたしたちを守ってくれるものではない、そう心に刻んでください。
人道的および環境の観点から、核兵器の使用がもたらす壊滅的な破壊を考えなくてはなりません。
核の理論によって促される、恐れ、不信、敵意の増幅を止めなければなりません。
今の地球の状態から見ると、その資源がどのように使われるのかを真剣に考察することが必要です。
複雑で困難な持続可能な開発のための2030アジェンダの達成、すなわち人類の全人的発展という目的を達成するためにも、真剣に考察しなくてはなりません。
1964年に、すでに教皇聖パウロ6世は、防衛費の一部から世界基金を創設し、貧しい人々の援助に充てることを提案しています(「ムンバイでの報道記者へのスピーチ=1964年12月4日」。回勅『ポプロールム・プログレッシオ=1967年3月26日』参照)。

こういったことすべてのために、信頼関係と相互の発展とを確かなものとするための構造を作り上げ、状況に対応できる指導者たちの協力を得ることが、きわめて重要です。
責務には、わたしたち皆がかかわっていますし、全員が必要とされています。
今日、わたしたちが心を痛めている何百万という人の苦しみに、無関心でいてよい人はいません。
傷の痛みに叫ぶ兄弟の声に耳を塞いでよい人はどこにもいません。
対話することのできない文化による破滅を前に目を閉ざしてよい人はどこにもいません。

心を改めることができるよう、また、いのちの文化、ゆるしの文化、兄弟愛の文化が勝利を収めるよう、毎日心を一つにして祈ってくださるようお願いします。
共通の目的地を目指すなかで、相互の違いを認め保証する兄弟愛です。

ここにおられる皆さんの中には、カトリック信者でない方もおられることでしょう。
でも、アッシジの聖フランシスコに由来する平和を求める祈りは、私たち全員の祈りとなると確信しています。

主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。

 憎しみがあるところに愛を、

 いさかいがあるところにゆるしを、

 疑いのあるところに信仰を、

 絶望があるところに希望を、

 闇に光を、

 悲しみあるところに喜びをもたらすものとしてください。

記憶にとどめるこの場所、それはわたしたちをハッとさせ、無関心でいることを許さないだけでなく、神にもと信頼を寄せるよう促してくれます。
また、わたしたちが真の平和の道具となって働くよう勧めてくれています。
過去と同じ過ちを犯さないためにも勧めているのです。

皆さんとご家族、そして、全国民が、繁栄と社会の和の恵みを享受できますようお祈りいたします。




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気温

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芭蕉俳句: 煤掃は己が棚つる大工かな  (すすはきは おのがたなつる だいくかな)

時代背景&解説: 元禄6年冬。
この時代煤はきは12月13日と決まっていた。
句の情景はそういう時なのであろう。
普段他家の仕事ばかりしている大工が、年末の煤掃きというと自分の家の棚を作ったりしてかいがいしく働いている。
特に彼が大工の棟梁などであったりすれば、普段の威厳との落差もあって面白い。
この時代、腕のよい大工は社会的ステータスであった。
芭蕉晩期の名句。


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