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「Sign one's own praise.:自画自賛。」

コンピューター
01 /14 2020
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今日は何の日 1月14日

褒め言葉カードの日(1月14日 記念日)

一般社団法人・日本褒め言葉カード協会が制定。
日付は褒め言葉のひとつである「い(1)い(1)よ(4)」と読む語呂合わせから。家族や職場の仲間を褒めて感謝を伝える日にすることが目的。
褒め言葉カードを普及させ、褒め言葉の大切さを理解してもらうことを目指す。
褒め言葉には「ありがとう」「嬉しい」「感動」「素直」「一流」「衝撃的」「予想以上」「感激」「ミラクル」などがある。
記念日は2016年(平成28年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
今日の気に為る話題は此方です。

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( ノ゚Д゚)おはようございます、先日の「KIMIX ピンソバ新年会」の会場に向かう途中に浜松駅周辺で、「晴れ着姿」の新成人を多数見掛けました。

令和初の成人式 新時代へ決意新た

晴れ着

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今日の気に為る話題は此方です。

「シリコンバレーの時代は終わった」と言える訳
米西海岸だけが先端技術の場所じゃない
渋澤 健 : コモンズ投信会長兼ESG最高責任者 2020/01/11 6:20

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量子コンピューティングの世界で最先端を行く連続起業家のウィリアム・ハーレー氏は「シリコンバレーの時代は終わった」という(写真:筆者提供)

次世代型コンピューターと言われる量子コンピューティングの事業化に取り組んでいるアメリカの著名連続起業家であるウィリアム・ハーレー氏。
同氏は「シリコンバレーの時代は終わった」と断言する。

それはどういうことなのか。

前編に続き、コモンズ投信会長の渋澤健氏が聞く。
前編:「量子コンピューター」で世界はどう変わるのか

「中央集権的な世界」は終わりを告げようとしている
渋澤健(以下、渋澤):ワーレーさんは「シリコンバレーの時代はもう終わった」というコメントを最近あちこちでされているようですね。
ほとんどの日本人はシリコンバレーが先端技術のベンチャー投資のメッカと思っているのでとても印象に残りました。

ウィリアム・ハーレー(以下、通称のワーレーで):私たちの会社にお金を出してくれる投資家は主にシリコンバレーにいるのでこれは慎重に言わなければならないトピックなのですが、ひとことで言えば「世界が変わった」ということです。
つまり、中央集権システムは終わりを告げており、経済大国の座も、私はアメリカから中国に移ったと思っています。
また、ロジスティクス(物流)も大きく変わっています。

渋澤:物流がシリコンバレーと関係あるのですか?

ワーレー:例えば、私が子どもの頃の楽しみの1つと言えば、食べ終わったシリアルフードの箱に掲載されている商品コードを切り取って集めて、ちょっとした電子機器と交換することでした。

当時は、郵便局に行って投函してからそれらが届くのに8週間も待っていました。
これがその時代の技術でした。
それが今、クレジットカードを取り出してアマゾン・プライムで買い物をしたり、サービスをセットアップすれば、数時間でビジネスに必要な物資やサービスをすべて準備できてしまうわけです。

渋澤:どんな場所でも、そこに必要な物が届く世の中になったという「リアル」が重要だというわけですね。

ワーレー:そうです。
確かにシリコンバレーは、集まる情報の密度という点ではまだまだ大きな価値を持っています。
ただ、それで言えばシリコンアレー(NY)、あるいは東海岸の大学都市、イスラエルのテルアビブ、日本、ドイツだって同様です。

私はIEEE(アメリカ電気電子学会)という組織で起業家育成の副委員長をしているのですが、CESPと呼ばれるスイスのCERN(欧州原子核研究機構)を拠点としたe-起業家学生育成プログラムの立ち上げに携わり、2019年は15人の学生を連れていきました。

これらも密度という観点では同様に価値があるわけです。
加えて、テクノロジーは仮想のコミュニティーを築くことを可能とするので、あるとき突然イノベーションが分散されていることに気づくわけです。

例えば、WordPressを開発・運営している会社であるAutomatticはアメリカのサンフランシスコに本拠を置いていましたが、今は所在地がありません。本社はなく、デジタルに協業している従業員が世界中にいるだけです。

渋澤:ワーレーさんはテキサス州のオースティンにお住まいですね。私も大学時代に暮らしていたところです。とても住み心地がよいところですが、1980年代の前半ではテクノロジーのハブ(結節点)というイメージはまったくありませんでした。

ワーレー:はい、確かに30年前はそのとおりでした。
しかし、今やオースティンは車の移動時間で行けば、半径3時間ほどの距離に、アメリカのトップ10都市のうち、なんと4都市が入るという好立地になっているのです。

渋澤:アップル社のCEOであるティム・クック氏が「才能、創造性、画期的アイデアは地理的場所に限定されない」と述べたように、アップルは「アメリカ全土でハイテク産業や職場を開拓するというコミットメントを強める」と述べつつ、10億ドルを投じてオースティンに新たなキャンパスを建設中(2022年完成予定)ですね。

シリコンバレーで起業する必要性が昔より小さくなった
ワーレー:また、2000年代のベンチャーといえば、近くのデータセンターに実際にラック(棚)を所有していなければなりませんでした。
でも、今日はクラウドや、クラウドベースサービスの普及のお陰でどんなインフラも自前で持つ必要がなくなりました。
すべて分散化されてきています。

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「本当にシリコンバレーの時代は終わったのか?」渋澤氏は率直にワーレー氏に聞く(撮影:尾形文繁)

渋澤:インフラが分散されているから特定の場所に限定される理由がなくなっている理由は確かに大きいですね。でも、資本の関係はどうでしょうか?

ワーレー:ビジネスには特性上どうしても資本集約的なものもあります。
しかし、例えばハードウェア産業において、近年は中国が実験のコストを大幅に下げてくれています。
また、多くのイノベーティブなスタートアップが存在しています。

私のファンドであるEcliptic Capitalの投資先に、Patcherという会社があるのですが、彼らは量産しない1回限りの回路設計を含めて電子回路基板設計を簡単に行えるオンラインソフトウェアを提供しています。

これは素早いプロトタイピングにはすばらしいサービスです。
かつてはエンジニアを雇う必要がありましたが、もはや必要ないわけです。
これはテクノロジーがそれ自体を使いやすくしている、あまたある例の1つでしょう。
さらにアップル、グーグルやその他企業も、クレジットや支払オプションという形で、スタートアップ(ベンチャー企業)に優遇措置を提供しています。

渋澤:ということは、資本というベンチャーの参入障壁が格段に下がっているので、必ずしもシリコンバレーで起業する必要がないということですね。

ワーレー:はい、そうです。
ほかにも考慮に入れるべき要素があります。
過去6年のシードステージ(起業準備段階)のベンチャー投資は、投資額は上がる一方で、投資の数自体は減っているという傾向があります。

また、かつてはシリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタル)の多くは、投資の条件にシリコンバレーへ拠点を移すことを持ち出したのですが、今やそんなことは言いません。

それどころか、多くのVC企業は、シリコンバレーに限らずアメリカの主要地域の「外」に投資していく方針に完全にシフトしています。
こうした動きがアメリカで広まるにしたがって、従来のVC企業がEU、インド、中国と、アメリカの外へ進出していくのを目にしてきました。

渋澤:しかし、シリコンバレーの人的ネットワークには相当の価値がありそうですが……。

ワーレー:ネットワークの価値はつながることだけにあるわけではなく、結果として起こるアクションにあります。
たとえ、数千のつながり(コネ)があったとしても、結果が伴わなければ、結局そのネットワークには価値がないというのが私の意見です。

シリコンバレーやNYを見ただけで「ネットワークの豊富なエコシステムがある」と考えるのは、起業家や投資家にとって思い込みです。
ネットワークは人間関係なので、それ自体も時を経るごとに変わります。
50年前には「デジタルネットワーク」というものは存在しませんでしたが、今日ではクリエーティブやエンジニアなどの即席のネットワークを作ることのできる多数のツールがあります。

大きく変わるスタートアップのエコシステム
渋澤:つながっているという意味では、世界のどこからでも可能ですからね。
要は、それが活用できるかがポイントなのですね。

ワーレー:そのとおりです。
例えば、2018年には「アメリカに帰ったら、あるVCに会って自社の資金調達ラウンドに参加してもらおう」と思っていたのですが、なんと、そのVCのトップが私とまったく同じタイミングで東京にいることが、東京の知り合いのツテで判明して、ここで会えました。

これはネットワーキングとコミュニケーションが進歩している非常によい例です。
20年前だったら、彼らが同じ都市のどこにいるのか見当もつかず、会うためにはさらに数週間はかかっていたかもしれません。

渋澤:シリコンバレーのベンチャー投資のエコシステムは依然健在であるものの、実はベンチャー投資のエコシステムはすでにかなり分散型になっていて、世界でいろいろなベンチャー投資のハブができているということですね。

ワーレー:「美は見る人の目の中にある」とはよく言ったものですね。
起業家にとってのシリコンバレーは、俳優にとってのハリウッドと同じです。
数百万人の人間が移住しても実際は数人ほどしか成功しないような構図です。

しかしながら、起業の実態は大分異なります。
例えば、私の息子は21歳で起業して2人の正社員しか持たず、コアの仕事以外はすべてアウトソーシングしています。
しかも、ノートパソコンすら持たず、iPhoneですべての経営を行っています。
最近何かに書かれていましたがセールスフォース社の創業者兼CEOであるマーク・ベニオフ氏も、そうしているようです。

IEEEの起業家のプログラムでも多くの学生がiPhoneからピッチを行っています。
時には、プログラムを大学の端末から行っていて、PCにすら初期投資をかけていないこともありますね。

渋澤:日本でもベンチャー投資のエコシステムをつくるべきだという議論が長年繰り返されていますね。
日本についてどう感じていますか?

ワーレー:日本にはまださほど訪れていないので非常に臆測的ですが、2つの重要なことを学びました。
1つは日本の投資家は長期的な視点を持っているということです。

シリコンバレーでは5年、10年で考えるところを、日本では20年、30年のスパンで考えています。
2つ目の学びは、日本の投資家はお金を稼ぐことだけを投資の目的としていなく、学びや他事業にとって有用な情報ソースを得られるのであれば、一定程度は許容できる「勝ち」としています。

渋澤:それは鋭い洞察力ですね。
日本人は海外の投資スタイルを気にするばかりで、実は自分たちが本来持っている長所がいちばん見えていないのかもしれません。
もっと自信を持つべきですね。

長期的な視点こそ日本人の長所
ワーレー:日本の投資家と会ったときに、こうした長期的な視点はシリコンバレーで私が見てきたアプローチとはまったく異なりました。
シリコンバレーではまず金銭的リターンが早期に求められ、ビジネスの価値は評価額で決められます。

一方、日本では、これまでの事業ポートフォリオの中でどのようなシナジーを生むのか、どのような知識のやり取りが生まれるのかという、より広い発想があります。
もしかするとスタートアップの未来は日本にあるかもしれないと思うわけです。

渋澤:それは日本が忘れかけている大事なポイントですね。
大変心強いメッセージをいただきました。

ワーレー:繰り返しになりますが、私が、日本の投資家に対して本当にワクワクするのは、長期的な視点で考えていて、将来の人類について真剣に考えているという点です。
もちろん、シリコンバレーやオースティンの投資家が同じように考えていないわけではないのですが、日本では長期の視点が最も大事なこととして扱われているように感じました。

スタートアップがもたらしうるポジティブな社会変革を何よりも評価しているように見えます。

もちろん、最終的には会社のファイナンスの話になるかもしれませんが、日本のVCはいきなり会社の評価額の話には飛びませんね。
起業は確かに難しいですが、われわれはマネタイズの方法をいくらでも見つけてきました。
問題は「起業家や投資家は、はたして世界にインパクトのあるポジティブな違いをもたらしているのか」ということです。

渋澤:最後に日本の起業家へメッセージはありますか?

ワーレー:起業家の信条として覚えておくことがあります。
英語で言えば“Use it up, wear it out, make do, or do without”。
つまり、「すべてのリソースを、すり減るまで使い切れ。
与えられたもので状況に対処せよ。
あるいは多くの場合、それなしに乗り切らなければならない」ということです。

確かに私のチームは、多くのビジネスを立ち上げて成功を収めてきました。
それでも日々、私たちは何も持たないかのように集まり、毎朝ガレージを開けて陽を入れ、そのたびに新たな日をやり直しているのだと自分たちに言い聞かせています。
起業とはライフスタイルそのものであり、つねに謙虚で忠実でなくてはならないと思います。

昨日の成功は、今日の成功とはまったく関係がありません。
なので、例えばシリコンバレーで成功したことだけを理由に大きな投資を受けるのを見ると、正気を失いそうになるわけです。

渋澤:日本では2019年5月から新しい元号が始まり、今年の2020年では東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。
新時代を迎えるにあたってすばらしいメッセージをたくさんちょうだいし、心より感謝します。

(翻訳、構成:八木翔太郎)

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芭蕉俳句: 昔聞け秩父殿さへすまふとり  (むかしきけ ちちぶどのさえ すもうとり)

時代背景&解説: 貞亨元年(41歳頃)頃から死の元禄7年(51歳)までの間。
比較的後期の作と目されているが、作句の動機が不明。
ここに、「秩父殿」は、源頼朝の家臣畠山重忠。重忠が相撲取りであったという話はないが、重忠が豪腕で長居という相撲取りをやっつけた話が『古今著聞集』にある。
 一句がどのようなシチュエーションで作られたものか不明のため解釈は難しいが、「景清も花見の座には七兵衛」と同じものと解釈するのが自然かもしれない。


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ヤスミン

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