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第2088回「成人式の思い出」

トラックバック&グルメ
01 /16 2020
イオン

今日は何の日 1月16日

薮入り(1月16日 年中行事)

「薮入り(やぶいり)」は、かつての奉公人の休日。
かつて町屋(商家)などに住み込んで奉公していた丁稚や女中などの奉公人が、主家から休暇をもらい実家へ帰ることのできた日。
「宿入り」「宿下がり」「宿降り」ともいい、お盆の休暇(7月16日)は「後(のち)の薮入り」という。
奉公人たちは毎年1月16日と7月16日の2日しか休みがもらえないのが一般的だった。
「薮入り」の習慣が広がったのは江戸時代で、1月15日が「小正月」で重要な祭日であり、奉公人は奉公先で行事を済ませた上で休日をもらい、実家でも行事に参加することができた。
語源は「薮深い里へ帰ることから」など諸説ある。

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こんにちは!FC2トラックバックテーマ担当の黒木です今日のテーマは「成人式の思い出」です今日は成人の日ですね新成人の皆さんおめでとうございます黒木が成人を迎えたのは、はるか昔。。 何があったか思い出すのも一苦労ですが。。その頃、他府県に出ていて、久しぶりの里帰りだったのですが中学生の頃の初恋の彼に久しぶりに再会し彼が激変したのを見て 大切にしていた第二ボタンを闇に葬った成人式でした皆さんの成人式の...

花

( ノ゚Д゚)おはようございます、そして幾分か遅ればせながらも、「新成人」の皆さん、おめでとうございます。

晴れ着

比較的好景気だった、うちらの時の「成人式」は、今日の気に為る話題で取り上げた記事の様に、感慨深く記憶に鮮明に残る、途轍もないモノでは無くて、極めて凡庸な「成人式」だったけどね。

居酒屋

其の当時には割と良くあるタイプの、確か「ガソリン代」稼ぎのバイトで式典には出れずに、夜に待ち合わせの居酒屋で、同級生と合流して「式典の記念品」を受け取るパターンでした。

晴れ着3

ですから、「大学の入学式」には出席しましたが、厳密には「成人式」には出席しておりませんなぁ。
「成人式」の上りで、街中の居酒屋で待ち合わせした同級生、確か4人ぐらいとの「飲み会」の記憶しかありません。

駅前

最終的には地元の出身学校でのグループと合流して、大宴会ともなったのですが?!
其の飲み会でも、「バイト」や「バイク」、「学生寮」とか学生生活での日常の話題ばかりで・・・・・・。
「将来の夢」みたいな話題は、一切なかったけども、目標と云うか「職業選択」の話題に終始してた記憶がある、まぁ若い頃にしては、比較的真面目な「成人式」後の「飲み会」でもありました。

気温

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バス停

浜松駅

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GS

そして新年初めて、一月の「拉麺報労記」、やはり「KMIX ピンソバ新年会」の前に、晩飯代わりに寄った、遠鉄百貨店8階レストラン街「浜松餃子 錦華」店での「胡麻みそラーメン&餃子」になります。

浜松餃子 錦華

拉麺報労記

少し小ぶりですがカリっと焼きあがって味もまぁまぁ、なので餃子6個セットで360円は、百貨店レストラン街では比較的「御手頃値段」かなぁ。

拉麺報労記2

此方は「胡麻みそラーメン」、スープに浮かんだ「チンゲン菜」がポイント、スープ自体も見た目の色ほど、くどくなくて美味しかったです。

拉麺報労記3

花2

晴れ着2


今日の気に為る話題は此方です。


「みんなで一緒に参加したかった」 大川小、震災当時の5年生が成人式
毎日新聞2020年1月12日 21時13分(最終更新 1月12日 22時42分)
社会一般 宮城県 東京都

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成人式で黙とうする只野哲也さん(中央)=宮城県石巻市で2020年1月12日午後2時12分、和田大典撮影

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市で12日、成人式があった。
児童74人が津波の犠牲になった市立大川小の当時の5年生たちも、亡き友らへの惜別と新成人としての決意を胸に、「みんなが生きていたことを伝えていく」と晴れの日を迎えた。【百武信幸】

「大川小にみんなが生きていたことを伝えていく」
 市中心部の石巻地区の式に出席した大学2年、只野哲也さん(20)はこの日、スーツの胸ポケットに2枚の写真を忍ばせた。
1枚は震災で亡くなった母と妹、祖父らとの家族写真。
もう1枚は震災前、同小の同級生と納まった集合写真。
「みんなで一緒に参加したかった」。
式典で黙とうをささげた。

 当時の5年生15人のうち、助かったのは9人。
学校にいて生き延びた5年生は、津波に流されながら裏山の斜面にたどり着いた只野さんら2人だけだった。
転校などもあり、一緒に小学校を卒業したのは7人で、中学進学以降は離れ離れになった。
只野さんは市の内陸部に引っ越し、同級生同士で顔を合わせるのは3月11日ぐらいだ。

 「今の自分は亡くなったみんなに見せたい姿だろうか」。
震災後は「奇跡の少年」として多くのメディア取材を受け、語り部活動も続けてきた。
大学では機械知能工学を学ぶが、只野さんの心には今、迷いがある。「大学の勉強も追いつくのがやっとで。
みんなに合わせる顔ねえなって」

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成人式を終え記念撮影する(左から)高橋幸平さん、狩野仁英さん、木村真博さん、佐藤陸さん=宮城県石巻市の河北総合センターで2020年1月12日午後3時54分、百武信幸撮影

 「亡くなったみんなが生きられなかった時間を生きている」という自覚を胸に、「大川小にみんなが生きていたことを伝えていく」と力を込めた。

「あいつら生きてたらどうしてたかな」
 大川小の地元である河北地区の成人式に出席した他の卒業生4人は、再会に笑顔を見せた。東京の大学に通う木村真博さん(20)は、所属するダンスサークルで夜更けまで汗を流した帰り、ふと亡くなった同級生らを思い出す。
「あいつら生きてたらどうしてたかな」。
多くの友を失う経験をしたが「『あいつらの分も』とは思わず、気負わずやっていく」と前を見据えた。

 仙台市の大学で福祉を学ぶ狩野仁英さん(20)は「彼らの分というわけじゃないが、ちゃんと生きなきゃな」と胸に誓う。

 同市の大学2年、佐藤陸さん(20)にとって、同級生たちは心の中にいて、あえて意識はしないという。
「自分が行きたい道に進んで『こうなったよ』と見せられたら」

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成人式に出席した只野哲也さん=宮城県石巻市で2020年1月12日午後3時52分、和田大典撮影

 高橋幸平さん(20)はJR東日本の社員として県内で働く。
「成人となり今まで以上に行動に責任が伴う」と気を引き締める。
震災の記憶は胸から消えないが、「人生の中であれだけひどいことはないはずで、どんなことがあっても、何とかやっていけると思える」という。
亡き友へ「元気にしている姿を見せたい」と誓った。

大川小の津波被害
 東日本大震災があった2011年3月11日、宮城県石巻市の北上川から約200メートルの大川小周辺に津波が押し寄せ、在籍していた児童108人のうち70人が死亡、4人は現在も行方不明で教職員10人も亡くなった。
18年3月に閉校し、被災した旧校舎は震災遺構として保存される。
児童23人の遺族が約23億円の賠償を求めた訴訟で、最高裁は昨年10月、市と県の上告を棄却する決定を出し、市と県に約14億円の賠償を命じた仙台高裁判決が確定した。

メイワン

気温2

駅前


芭蕉俳句: 山は猫ねぶりて行くや雪の隙 (やまはねこ ねぶりていくや ゆきのひま)

時代背景&解説: 天和元年(38歳)頃から天和4年(40歳)頃までの間。
「陸奥名所句合」と題する。
猫山」は会津の磐梯山の別峰。
猫山という名前から連想して作られた句。
「ねぶる」は舐めること。
 猫は身体を舐めるので、猫山も自分の体を舐めるのだろう。
すると雪が融けてそこに雪の隙、すなわち剥げたところが生ずる。
同じ作句動機で作られた句に「戸の口に宿札名乗れほととぎす」がある。



ソラモ

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小園美樹さん

よくある駅前ライブかと、新春らしい派手目な振袖に、カメラのファインダーを向けました。
帰宅後に、よく調べてみたら、此方も「KMIX」繋がりでした。
下に概要等を並べて置きますので、興味のある方はどうぞよろしくお願い致します。(真上のピースサインの画像は、本人さんのTwitterから拝借しました。)
小園美樹
小園美樹 HP
https://twitter.com/KozonoMiki?s=20



イオン4

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